女性部会MC研修会・語りシリーズ第五回
我が緑法人会女性部会創設の頃より部長として十二年間も勤めて下さった浜田様を語り手としてお迎えし、第五回語りシリーズを開催しました。
戦争体験のことは、はじめ語るつもりはなかったのですがと前置きをして、二、三日前のテレビ番組で重大ニュースとして取り上げていたので、やはり話しましょうと切り出されました。
東京で生まれ育ち、成長する中での戦争体験で、つらい悲しい学童疎開、生々しい体験として残る艦砲射撃の記憶、銃弾の中をくぐり抜けて、九死に一生を得て来た浜田さんの生涯は、生まれ出づる日も日本の歴史上にもはっきり残されている。昭和十一年二月二十六日であったという。ボタン雪の降る中を産婆さんを迎えに走る父上に向かって銃剣を持った兵が「何処へ行く」と詰問したという、絵に描いたような歴史を見ているお話でした。戦禍という中で、子供を生かしておくことに心をくだく親達の右往左往の姿が浮かんできます。
そうして終戦、結婚、三人のお子様にも恵まれ、事業家の御主人の奥様として順風満帆の生活を送っていた浜田さんの人生の中に、突然の御主人の死という考えてもいなかった事が降りかかったのです。四十四才の時でした。病院の中で御主人の亡骸を見た時、ヘナヘナとへたり込んでしまったそうです。
そのときに胸の辺りに鉛が入ったと言われました。お子様の成長期でもありましたが、きっぱりと判断力を発揮し、アメリカへの勉学を進め、子供の進路への投資は決してムダではないこと等、伴侶を亡くされてへたり込んだ姿は一瞬の間だけで事業という仕事と子供達への責任感を一身に受けて立ち上がったのでしょう。
私達女性部が全員感じている、浜田さんへの信頼と尊敬は、こんなにも厳しい人生の苦難に打ち克ってきた、浜田さんの内面に裏打ちされた確固たる、ゆるぎないものへの、引き寄せられる力であったかと、改めて思いを馳せています。気力とは内から湧き出るもの、気力の塊である浜田さんの社会を見る目の確かさ、厳しさ、現代社会の日本のリーダー達、政治家、行政、教育者、経済界の全ての悪徳が露呈される今を強く指摘されています。
人間が人間として生きられるよう、目指すところを持たれた浜田さんの今後益々の御活躍を祈ります。有り難うございました。 (MC担当 許田)

文化・教養・日帰り研修バス旅行
3月4日土曜日、快晴になることを願いながら中山駅前7時30分、東京電力の方にも2人同乗していただき予定通り市ヶ尾を8時、沢山の会員さんの参加(46名)でしたがどなたも遅刻することなく、中部電力の浜岡電子力館を見学、日本平での苺狩りへ出発しました。
青葉インターより東名高速、バスの中で東京電力の方より浜岡電子力の説明を聞き、又電子力の仕組みや私達の生活の中に電気がなかったらどうなるかなどのビデオを見せていただきながら、途中、工事渋滞が少しありましたがほぼ順調に11時原子力館に到着致しました。
残念ながら到着した頃には雨が降り出してしまいましたが、それでもシースルーで上がるスカイラウンジからみる遠州灘や浜岡の街並がとても素晴らしいものでした。
そのあと厳重な入館チェックを受けて第4号機原子炉へ・・・。原子炉建屋は岩盤に直接設置され震度5で自動的に停止し震度8.5まで耐えられるように最大の地震を考慮して屋根を軽く、重心を下げた安定した構造に建てられているそうです。 又、放射能物質を封じ込める5重の壁で外壁は(コンクリート2m)放射線をさえぎるいろいろな工夫がされ、私達が安心して生活できる環境に努力されています。
2時間程かけて見学させていただきました。
1時半過ぎに静岡県最南端・御前崎グランドホテルに到着。これ又高台の素晴らしい眺望の中での昼食、お腹ペコペコで食べる食事は格別美味しく感じたのは私だけでしょうか。
ホテルより10分程の処、魚センターが並ぶ市場でのお買い物、皆さん両手で持てない程沢山のお土産を買い求め、次の目的地日本平へ向かいました。
雨も小雨になり、食後のデザート苺狩り、見事に並ぶハウスの中へ数人ずつにわかれて入り、食べ放題ということもありハウスの中で食べた苺は数えきれない程・・・?見事に実をつけた静岡特産あきひめいちごは本当に甘くてなんともいえない美味しさでした。またまた沢山のお土産を我先にと買い求めて、皆さん満足して帰路のバスへ、朝早くからなのでお疲れかなと思ったのですが、疲れもなんのその、バスの中はカラオケボックスに早変わり!皆さん得意のノドを披露していただきながら一路清水インターより東名高速に乗り青葉インターへ2時間あまりのカラオケも本当に短く感じられた楽しいひとときでした。7時30分事故もなく、少し原子力の勉強をして、本当に楽しい日帰りバス旅行でした。
参加していただきました会員の皆様ありがとうございました。 (穴澤記)
