〜旅行添乗記 〜
益子焼窯元見学・買物とメロン狩り食べ放題
     

 晴天に恵まれた6月12日、緑法人会恒例の“バスで行く一日社員旅行”は、「益子焼窯元見学とメロン狩り食べ放題」という好企画で、中山駅から3台と市ヶ尾税務署前の3台と合流して3台という、いつもながらの盛況ぶりで、7時30分すぎスタートした。

 バスは高速道路を快適に走って行く。都心に入り隅田川に差しかかれば、川べりにたくさんの屋形船が、季の到来を待って漂っていた。
 野田市と茨城の県境いあたりで大きくV字を描いて流れる川の説明が、ガイドさんからあった。左に日本3大長流の利根川、右に鬼怒川だという。雄大な分岐点を目の当たりにする。やがて遠くにかすむ筑波山を望み、どこまでも広がる関東平野となる。満々と水をたたえ、田植えの済んだ稲田は、初夏の陽射しの中を緑の敷物のようにはるか連なっていた。このあたりの米は、茨城産のこしひかりだそうな。又、りんごやぶどう、いろいろな果物の宝庫だという。

 最初の見学先、外池酒造に到着。すでに酒造りの時期は終わって、蔵の中の大きな緑のタンクの林立のなかに、酵母は静かに息づいているという。
 試飲はこの店の燦爛という清酒で、冷酒や生酒が試飲用のコップに並べられていた。外池酒造から、そう遠くないところ、益子焼きの窯元「つかもと」に向かう。

 そちらに向かう道のりの、両側に新しい建物が並び「○○釜」、「○○炉」、「○○陶苑」とか象嵌の店、はにわの店などと、何やら味わい深い、こぎれいな窯元通りが続いていた。
 昼食場所のつかもとは、多角経営の店で、益子最大の窯元と銘打っている。何せあの横川峠釜飯の発案元であるという。益子焼の七福神の前で記念撮影となる。そして昼食。
 800人は収容出来るという大食堂であった。そして工場見学。

 益子焼の粘土は、益子町北部で採集される。陶工は、「土もみ3年、ロクロ6年」と云われ、長い経験を要する。魔術師のようにロクロを廻して、スーと糸を断ち切って小皿を作っていく行程を見た。続いて成型-仕上げ-乾燥-素焼-釉薬がけ-再度の焼成(この時は1,250℃〜1,300℃という高温で17〜18時間経て、窯の火は止められる。)火が止まって2昼夜、自然冷却ののち、待ちに待った窯開けとなる。陶工たちの期待と不安に満ちた熱い思いを感ぜずにはいられない。
 大正13年、益子に定住されこの焼物を広め愛した人間国宝、故浜田荘司さんの作品が作品館に展示されていた。その浜田氏の使った、そして今でも使用されている登り窯を見た。上に行く程に、焼成の調整の為の高い技術を要するのであろう焼き物が、ぎっしりと詰まっていた。

 メロン狩りの目的地に着いたこと、日はまだ高々と頭上にあった。テントの中での食べ放題は大変な騒ぎであった。一口にカットされたメロンは、プラスチックの籠にたくさん盛られて来た。ひとしきり試食タイム。その後、メロンを土産に送る人、野菜や佃煮を買う人、大賑わいのあとバスの号車別に、お土産のメロン狩りとなる。ビニールハウスの中を、鋏を渡されて、選んだ1ケを蔓から離すのである。ハウスの中には、所狭しとばかりに、緑の葉の間からメロンが顔を出している。あたりの蔓を踏まないように、色のよいもの、大きいもの、姿のよいもの、思い思いに探した。

 盛り沢山の行程を終えて、バスは昼下がりの道を帰路に向かう。定番の寅さん映画を見ながら、眠りに誘い込まれ、ビンゴゲームに興じながらの日帰り旅行は、快晴の中、充分に命の休息をさせていただいた。手に手にお土産を携えて、交通事情も順調であって定刻より早く到着した。

 お世話いただきました役員の方々に感謝いたします。ありがとうございました。(広報 小山記)



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