企業訪問 「(株)アスターホビー」



今回は緑法人会白山上山支部(岸野支部
長)にある潟Aスターホビーを紹介させ
て項きます。当社は1974年機械式レ
ジスター(MCR)のメーカーであった。
アスター精機潟zビー事業部として発足
し、試行錯誤の末、1974年11月英
国サザン鉄道の、スクールズクラスを模
型蒸気機関卑(ライブスティーム)キッ
トモデルと完成モデルで発表し、及び欧
米市場で好評を受けた。
その後、1975年9月、当時のアスタ
ー精機社長藤井健一氏が「アスターホビー」を別会社として設立、本格的に模型事業をスタートし、以来45機
種もの世界の有名機械を発表し、世界オンリーワンメーカーとしてブランドを碓立した。
 アスターホビーは平成7年に20周午を迎え、ライブ
スチームモデルは、すでにこの規格(1番ゲージのライブ
スチーム)でV9時代の巨人を思わせる圧倒的な強さを持
っている。
 鉄道発祥の地である英国の模型でさえ、アスターモデル
の前では色あせてしまう程である。
今でこそ鉄道模型(ライブスチーム)の会社として世界的
にその名を知られているが、もともと機械式レジスターの
設計・製造ノーカーとして長い歴央をもつ。
それが、1974年にいきなり鉄道模型の製造へという大
転換をはかったのだった。90度いや180度以上の方向
転換に驚いた人も多かったようだが、今日の成功を見る
と、その決断に誤りがなかった事がわかる。
なぜ鉄道模型へ進出したかという経緯をたどってみると、
もともと社内に鉄道の好きな人が多くいて、初めは余暇の
つもりでやっていたのが、だんだん楽しくなり、余暇と本
業が逆転してしまって、それでアスターホビーにしたので
す。
 このような理由でスタートした会社が伝統ある欧州の模型メーカーを抑え、今日の地位を獲得した背景には、
レジスターの製造で培った精密機械分野における技術が大きく貫献していることはいうまでもない。更に、アス
ターモデルを見るにつれ機械式レジスターとライブスチームには多くの共通点があることもわかってきた。
普通、私たちが鉄道模型と聞いて頭に浮かべるのは、NゲージやOゲージ等、モーターに
よって動かす種類であるが、バーナーを燃焼させ、ボイラー内で蒸気を作り、その力によっ
て車輌を勤かすライブスチームは本物の蒸気機関卓の構造に限りなく近く、なおかつ個々の
部品は本物の32分の1ほどというのだから製造する側には相当な精密技術が要求される。
実際、車輌の動きや内部構造を見ると、模型の域を脱し、精密機械のような印象を受けるほ
どだ。ちょうど手巻式腕時計の中を見たときの、あの精密な構造に近い。一見無縁そうな機
械式レジスターとライブスチームには技術的に応用できる箇所が多数あったのだ。

当時のものは、一部の機械マニアが興味を示すものでしかなく、内部構造が非常に複雑
で、組立や整備に高度な技術を必要とするため、単なる鉄道おたくや模型ファンが扱える
代物ではなかった。内部構造を精密にするがゆえにディテールはお粗末になり、鉄道マニ
アにはなおさらそっぽを向かれていたが、アスター参入に依り解決した。
全てのモデルが限定生産であるため、完売してしまえばそれでおしまいで再生産等一切行
っていないが、消耗品のような部品については、たとえ1個であっても顧客からの注文


があれぱ応じ、アフターサービスは完壁です。                                    
又機関車以外にも急行旅客機から貨物機と1975年以来世界の名機を40種余り模型  
化して来ました。これからも更にグレードの高い製品を世界中のファンに届け続けて行く
でしょう。 
そして余暇時間の増加とともに、ゆとりと遊びを持つ豊かな人生をめざすことが出来るた
めにアスターホビーは努力をおしまない所存とのことです。 










 実車顔負けの走りと、美しいディー
テールを兼ね備えてこそアスターのラ
イプスチームといえる。
 2兎追うものは、1兎をも得ずとい
う言葉もあるがアスターではこの20
年間、つねに2兎(走りとディーテー
ル)を迫ってきた。




           広報 伊藤記


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