女性部会だより

日帰りバス旅行

女性部会写真

 6月15日(土)厚生委員会のバス旅行に便乗して女性部会だけで、バス1台を用意していただき41名出席のもと、日帰りバス旅行を行いました。遠州花めぐりと、焼津さかなセンタ―でお買物をという事で、出掛けました。可睡ゆり園は広さ15万F世界100種類、200万球を有する大ゆり園です。加茂花菖蒲園は、1万Fに約1500種類が作られており、天気も良く、見事な景観に、ためいきが出ているようでした。帰りのバスの中では、ビンゴゲ―ムで盛り上り楽しい一日の旅行でした。


MC勉強会 勉強会写真 

 7月18日(株)法人会事務局に於て、今期第1回目の、マネ―ジメントサ―クルが行われました。
 内容は、税務改正における消費税の改正について、緑税務署の指導官、奥野浩行さんにお願いしました。研修会資科まで作って下さり、表にしてわかりやすく説明して、いただきましたが、単に、2%上がるという事ではないという事が良くわかりました。

          (広報 松本記)

「木あれやこれや」パート2

 金さん銀さん104歳の誕生日を迎えられたとの事、テレビ画面で見てほほえましく思うのと、いつまでもお元気でと声援を送りました。
 屋久杉、1000年以上の年輪を刻んだ木を言い、それ以下の木を古杉と言います。
 風雪に耐え、環境に順応し、皺を刻んだ縄文杉を思いだしました。
 杉は日本固有の一属一種の木だそうです。台湾その他にも日本人が持って行って植えた地域が何ヵ所かあり、立派に成長しています。
 今日は杉にまつわる2つの話をしてみたいと思います。


 日本一高い杉

 秋田県能代営林署内、二ッ井町にある鮒水沢杉植物群落保護林の中にある樹高58m、直径1,64mの天然杉です。この杉は「君待ち杉」と命名されました。これも最近わかった事で、それまでは福島県いわき市にあった樹高46mの木でした。まだ隠された日本記録があるかも知れません。記録に残っている屋久杉の伐採使用例を見てみますと、大正3年にアメリカの植物学者、ア―ネスト、ウィルソン博士によって発見、紹介されたウィルソン株といわれる切り株の話にさかのぼります。推定樹齢3000年、根回り32,5m胸高囲13,8mの切り株の事です。
 この木は1586年(天正l4年)秀吉公の菩提寺、京都の方向寺建立に際して、鳥津氏に用材調達を命じたのが発端と言われています。
 楠川の牧五郎以下7人によりオノで切り倒されました。以後島津藩になり寛永19年(1642)屋久島に代官をおいて約200m年にわたって盛んに伐採されるようになりました。この140〜340年前の鳥津藩による伐採により、屋久島の杉は新しい命を育む機会を得たのです。屋久島の古杉はこれから干年〜二千年と生き続け、栂やモミの針葉樹は枯れ、広葉樹も寿命が尽きて、古杉は屋久杉の原生林にかえってゆくのです。
 明治になり一時伐採は禁止されましたが、大正12年、営林署により伐採が始まり、小杉谷には小、中学校ができ、人口は1万4干人が2万4千人を数えましたが、自然保護の高まりの中で、平成4年には世界遺産条約に加盟し、屋久島は翌年、東北の白神山地と共に第1号の世界自然遺産となり、平成8年3月より保護策として縄文杉も観察台から見るようになりました。
 パート1で紹介した写真は、当時は登山路であった根本のロープとロープの問で撮影できましたが、現在世界遺産に登録されてからは訪れる人も増え、さらなる保護対策が必要となるでしょう。 私どもも屋久島ガイド協会の伊東、小原両氏の引率、ご指導により登山し、心ない人によって捨てられた缶、ビニ―ル等のゴミを拾いつつ下山し、屋久島の森を満喫してきました。

                                 (広報 高橋)

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